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日本人であることが嫌になる曖昧、無責任、逃避性

「日本人であることが嫌になった」と司馬遼太郎は執筆する小説の題材に「ノモンハン事件」を調べれば調べるほど嘆いた。

「ねじまき鳥クロニクル」で同じくノモンハン事件を取り入れた村上春樹は以後、作風が以前とくらべガラリと変わった評されるのが通説です。

一般に、「ノモンハン事件」は日本独特な曖昧さ、無責任さ、隷属性が悲劇の引き金になる比喩で使われています。典型的な中央と現場との情報解離、分析はカタチばかりで責任の所在は問わず。そして伝統的な同調圧力に屈したと、予め言い訳を準備したうえでの逃避性。

「ノモンハン事件」の2年後に、に日本はいささかの反省、正確な評価もしないままパールハーバーに奇襲して太平洋戦争を起こします。もちろん、まんまとアメリカ合衆国の罠にハマったわけですが。

2021年9月20日は快晴。緊急事態宣言下、行楽地どころか何処もひとだらけでマスクマスクマスク。(とか、ガチなこと言うと怒られるので、ちゃんちゃらちゃーーーん)

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